このホームページを開いたいきさつ
水木杏子
わたしがこのホームページを開いて一年以上たちました。
その間、いろいろな方が出入りし、さまざまな意見が飛び交っています。
時には、耳障りな言葉や意見もありますが、それぞれ<見えない誰か>が何かを感じて書き込む言葉はなんらかの意味があると思っています。
どんな言葉も<削除>はしません。
また、このホームページの内容が特殊なため、メールアドレスを記すことはおすすめしていません。各自の判断におまかせしています。
そして、過去ログもとっておかないつもりでしたが、そのせいで書き込みが自粛され、ぎくしゃくしてもいけないと思い<ログ保存びんづめ>をつくりました。
けれど、最近このホームページにたどり着いた方もいらしゃると知り、わたしがなぜこの場所を開いたかを改めてお話ししなくては、と思いました。
簡単に言うと、いがらしサイドからの虚偽、誹謗の情報があちこちに流されていたことに気が付いたのが原因です。
いままで、その点を具体的に書きませんでしたが、あらためてどのようなことが流布されたいたか記しておきます。
「水木は本当は原作は書いていない。ほとんどの物語はいがらしが考えた」(読者より)
「水木はいがらしの仕事場にきてメモをさらっと渡していくだけだった。」(同業者より)
「原作者でもないのに、版元が勝手に水木に名前を本に印刷した」(漫画家より)
「アニメの再放送も水木ひとりが反対しているのでできない」(アニメ関係者)
「どんなグッズも反対している、理由もなくなんでも反対するのでいがらしさんはなにもできない」「何回お願いにいっても門前払いされる」 (多くの人たち)
「配分に不満をもち、要求がひどい」(出版関係、漫画家など)
これでは、誰が聞いても「なんてひどい原作者だ!」と思われることでしょう。
それらはすべてご本人から聞いた人からのまた聞きで、むろん、わたしが直接いわれたことはありません。
なかなかわたしの耳に届かなかったのは、すべて<水木をよく知らないひと>に限って話されていたからです。
しかし、1999年11月、この事件が起きて一年半後この件を公にしてから<CCネット>の管理人までがメールという密室で上記のことに「水木はロイヤリティを100%要求」という虚偽を付け加え、流布し始めたことを知りました。
不特定多数の読者にそんなことを流されたらたまりません。
その管理人、荻久保氏は近年謝罪してくださいましたが、いったん流された噂をどの程度正してくださったかどうか疑問です。
そういった虚偽に対抗するためにはホームページを開いて主張するしかないと薦められ、わたしもそう決心しました。
このホームページに水木の主張(陳述書など)をのせること。
法的な真実(判決文)をのせること。
それによって、みなさまに判断して頂きたいと思っています。
このホームページを開いてから今に至るまで心休まる時はありませんでした。ずっと支援してくださっている方たちにはほんとうに申し訳なく思います。
また、いがらしサイドのあまりの暴走ぶりに自発的に告発してくださる方達もふえ、切なく複雑な思いです。
わたしは一審でいがらしさんが判決を受け入れたならこのHPも閉じるつもりでした。
しかし、皮肉なことに事件が長引くに連れ、いがらしさんの虚偽がひとつひとつはっきりしてきて多くの方たちとの誤解も解け(わたしが聞いていた虚偽の情報もあったので)よい関係を築くことができました。
それはこの事件のおもいがけない贈物と思っています。
けれど……
ここが心塞ぐホームページであることは確かです。
一日もはやくかつてのパートナーを告発、糾弾しなてはならない、この情けないホームページを閉じる日がくることを願っています。