漫画の原作という仕事について

わたしはこの事件が<漫画家>対<原作者>の諍いととらえられないか、またその ように発展したらどうしよう、と心配でたまりませんでした。

しかし、良識ある漫画家や原作者の先生たちから、この事件は<特殊>であって 心配するには及ばない、とのあたたかいお言葉をいただきました。

わたしは長い間、原作の世界から遠ざかっていましたが、今回、<原作>という仕 事を改めて見直す機会になりました。今回、考えたことを記します。

  1. 原作は、漫画家への<アイデア>の提供にすぎないのか?

いがらし氏の<証人尋問>での主張を要約するとそうなります。

いがらし氏はわたしの2000枚を越す<原稿>を<参考資料>といっています。

原作者にとっても、<作品>は、<漫画>です。

しかし、長い年月の間に、漫画家が(すべて、自分の力)と錯覚する……そうなったとき、いがらし氏のような主張が生まれるのかもしれません。

<証人尋問>でいがらし氏はこう証言しています。

「私が考える原作というのは、資料も全部与えられて、きちんと台詞もこの

とおりに書いて下さい、あるいは、言ってしまえばコマ割りまで指定され

ているものがきちんとした原作だと思います。」(記録書のまま)

 2. 原作者であることの証明

版元を離れても、漫画家と原作者が、信頼のみでつながっている間は問題はないかもしれません。

わたしたちの場合は、弁護士を立会人にした<契約書>もあったのです。

なのに、いがらし氏は<絵を描いた>というだけで、多くの業者に(自分ひとりが権利者)と言い張ることができたのです。

(株)タニイの社長などは20年前、東映がアニメ化した際、(C)水木杏子 いがら しゆみこのマルシー表示をつけた商品を販売、水木が原作者であることを認識していたはずなのに、今回の販売に苦情をいうと、(ここの商品には勝手に水木の名をいれている。)

「いがらしさんの絵のみ使うのには、原作は関係ない 弁護士からそう聞いている」 と、答えています。20年間にどう認識が変わったのかで不思議たまりません。

依頼人の主張に<同調>する弁護士さえつければ、<契約書>をも一方的に解除し、 <契約は解除した><絵はいがらしが描いたので自由に使う>といいつのることができたのです。

わたしの代理人が、いくら<契約解除は無効>と主張し、業者に伝えても、相手の業者たちは「いがらしさんの絵だし、いがらしさんの山崎弁護士が大丈夫、といったん ですよ、弁護士の先生がいいというんだから、いいんでしょう。」すべて、こんな調子でどんどん商品を販売していったのです。

その間、いがらし氏の代理人たちは、水木が原作を書いたか否かの確認さえ版元に一切しませんでした。

このことは、いかに世間的にみて<漫画家>のイメージが強いか、また、<法の番人>たる弁護士の力が強いか仰天して、考えさせられました。

今回の事件で、わたしは<原作>を書いた証拠を求められ、

原作の生原稿

原作のメモ(ノート)

当時の担当の陳述書

講談社としての、原作の扱いについての陳述書

著名な原作者の陳述書

講談社、および、他の出版社の契約書

いがらし氏との契約書

キャンデイのことを書いたエッセイ

これらの物を提出したのに<判決>まで1年6ヶ月(和解に半年かけましたが)かかりました。これでも速い方だそうです。

この事件が解決し、もうこのようなことは二度と起こらないと信じたい……

そして、これを機会に各メデイアにもっと、<原作>の仕事を理解してもらいたいのです。

グッズの会社など、原作者のことを知っていても実にいいかげんだと今度の事件で 知りました。

 

そして、漫画家ともっと、交流を持ち意見交換も大事と思います。

 

また、この事件によって、初めて

<漫画家が、原画展を開き、原画を売ってしまう>

<色紙を売ってサインするのにお金をとる>

というケースもあることを知りました。いままでなかったそういう場合の漫画家と原作者との取り決めなどもこれから大切になってくると思います。

私のこの悲しい事件を踏み台にして、漫画家と原作者がよい方向に向き合い良い作 品が生まれる事を願っています。